以前と比較して、「遺言を準備しておくことの大切さ」の意識が高まり、遺言を作る人も増えてきています。実際に、公証役場で遺言を作成したケースは、平成元年で40,935件、平成27年で110,778件です。
すでに遺言を書いている人の多くは「相続の財産分けは問題ない」と思いがちです。それは、「長男に不動産を相続させたい」「面倒を見てくれた姪に、お礼として現金200万円をあげたい」というように、遺言書を作成済みだから大丈夫と安心しているためです。
それでは、遺言した人より先に長男や姪が亡くなった(もしくは財産を放棄した)場合、「長男や姪にあげるはずだった財産(不動産や現金200万円)」への対策は立てられるのでしょうか?
こうした場合でも、遺言の中で「予備的遺言」を残すことで、遺言者と長男、姪の相続がどのような順番・状況で起こっても対応が可能です。
ここでは、「遺言者より先に相続人や財産をもらう予定であった人が亡くなった場合の対策」について解説します。
予備的遺言とは
予備的遺言とは「財産を残したい相手が、遺言する人より先に亡くなった(もしくは財産を放棄した)場合に備えて補充する遺言」です。「二時的遺言」や「補充遺言」とも呼ばれます。
つまり、遺言として残した1番目の内容が実現しないときのために、代わりに、2番目の内容を定めることができるのです。そして、これらの1番目と2番目は、一つの遺言書でまとめて書くことができるのが特徴です。
将来、「誰が」「どんな順番で」相続が起こるかは誰にもわかりません。遺言を作成して相続が起こるまでには時間の経過があり、遺言書を書いてすぐに相続が起こるわけではないからです。
そのため、時間が経過する間の将来起こり得るいろいろなケースを考え、予備的に遺言をしておくことで、どのような状況になっても対応できる 「もしも」に備えることができます。
それでは、「予備的遺言(補充遺言)とはどのようなものか?」ということについて、具体例を挙げながら解説します。
予備的遺言の具体例
上の相続人関係図(家族の関係がわかるもの)、それから、次の表「予備的遺言の例《その1》」を見てください。
予備的遺言の例 《その1》 第1条 遺言者 父郎は、遺言者の有する土地と建物を、長男 太郎に相続させる。 第2条 遺言者 父郎は、遺言者の死亡以前に長男 太郎が死亡したときは、 長男 太郎に相続させるとした財産を、長女 花子に相続させる。 *第2条が予備的遺言 |
第1条では、「遺言者父郎の有する土地と建物を、長男太郎に相続させる」とあります。第1条は父郎の第1希望になります。
そして、第2条(予備的遺言)では、太郎が遺言した父親より先に亡くなった場合のことが書かれています。長男である太郎に相続させるはずだった財産を、代わりに「長女花子に相続させる」と書くことで、財産をもらう人を二次的に置いているわけです。第2条は父郎の2番目の希望です。
遺言を書いた父郎としては、自身の相続が先に起こると想定して「長男太郎に土地・建物を相続させる」と遺言を書きました。
ただ、当然ながら予測していたどおりにいかないこともあります。考えたくないことですが、相続させたかった子ども(父郎の長男太郎)が先に亡くなる場合もあるのです。そして実際に、このケースでは遺言を作成したときと相続時とで、事情が変わってしまったのです。
せっかく遺言を残すのですから、第2条(予備的遺言)を書くことで想定外の事態にも対応できるようにしておきたいものです。
今回の例でいうと、太郎に相続させようと思っていた土地・建物を太郎が受け取ることができない場合を考えて、「太郎の代わりに、長女花子に相続させる」ということまで書いておきます。そうすることで、いろいろな状況に対応できるでしょう。
それでは、予備的遺言の話は相続人に限られるのでしょうか? 相続人の例としては、亡くなった人の配偶者や子ども、また、各々のケースにより、亡くなった人の孫、両親、兄弟姉妹などに広がります。
答えは、予備的遺言は相続人に限られるわけではありません。基本的には、誰でもあてはまります。
次の「予備的遺言の例《その2》」第2条では、相続人ではない第三者の「姪のメイ子」)に財産を譲るケースを挙げて説明します。
予備的遺言の例 《その2》 第1条 遺言者父郎は、遺言者の有する金融資産のうち金200万円を 長女花子に遺贈する。 第2条 遺言者父郎は、遺言者の死亡以前に長女花子が死亡したときは、 長女花子に相続させるとした財産を、姪のメイ子に遺贈する。 *第2条が予備的遺言 |
第1条では、「遺言者父郎が有する金融資産のうち金200万円を長女の花子に相続させる」とあります。第1条は父郎の第1希望です。
そして、第2条(予備的遺言)では、長女の花子が遺言した父郎より先に亡くなった場合のことが書かれています。長女である花子に相続させるはずだった財産を、代わりに「姪のメイ子に遺贈」と書くことで、財産をもらう人を二次的に置いているわけです。
「遺贈する」とは、遺言で、相続人以外に財産を譲る場合に使われる言葉です。
以上に挙げた2つの予備的遺言の例から、二次的に遺言を書くケースがわかりました。それでは、もし、予備的遺言を残さなかったらどうなるのでしょうか?
長男や姪にいくはずだった財産はどうなる?
原則として、予備的遺言を残さなかった場合には、長男や姪にいくはずだった財産について書いた内容(第1希望である第1条)が無効(法律の効果がなくなること)になります。
最初に挙げた太郎の例文では、長男は土地・建物をもらうはずでした。しかし、遺言した人より、先に長男が亡くなると、長男は財産を受け取ることができません。つまり、土地・建物の文章には法律の効果がなくなり、遺言を書いていないのと同じ意味になります。
無効になった財産については、新たな相続人の間で、財産をどう分けるか話し合います。そしてさらに、協議した内容を書類にまとめていく作業が必要になります。
相続人同士で話し合いをする
以上にあるように、遺言した人より先に、相続人である長男が亡くなった場合、「長男にあげることになっていた財産をもらう相手がいない」という理由から、遺言の中に書かれていた文章は無効になります。
もし仮に、こうした状況になって遺言が無効になると、分割の協議、それから協議書の作成に進みます。
長男太郎にいくはずだった不動産
ここまで述べたように、相続人である長男の太郎が、被相続人である父親より先に亡くなった場合、「長男太郎にいくはずだった土地・建物」について書いてある内容は無効になり、文章がなかったことになります。
太郎にいくはずだった土地・建物は、太郎以外の相続人の間で、「どう土地と建物を分けるか?」について話し合い、その結果を協議書にします。
太郎以外の相続人とは、相続人関係図から見ると、母代と花子が当たります(太郎に子どもがいる場合、その子どもも相続人です)
姪メイ子にいくはずだった金200万円
同じように、 2つ目の例文においても、父郎より姪であるメイ子が先に亡くなった場合には、「姪のメイ子にいくはずだった金200万円」について書いてある内容は無効になり、文章がなかったことになります。
このケースでは、メイ子は遺言者父郎の相続人ではありませんので、メイ子にいくはずだった金200万円は父郎の相続人に権利が戻ります。
そのため、父郎の相続人の間で「どう金200万円を分けるか?」ということについて話し合い、その結果を協議書にします。
以上に挙げた2つの例のように、相続人などが先に亡くなっており、なおかつ予備的遺言が残されていない場合には、「分割について話し合う」「協議書の作成」という新たな手続きが発生するのです。
それでは、話合いや協議の作成をすることなく、遺言の中で問題を解決することはできるのでしょうか。
遺言を作り直す
ここまで述べたように、相続人などが先に亡くなったことで遺言が無効となってしまい、「遺言で宙に浮いた財産を無効にさせない方法」はあるのでしょうか。
そうした場合には「遺言を作り直す」という方法が有効です。遺言書に名前を書いた人が遺言者より先に亡くなった場合は、それに関係する文章の一部(または遺言の全部)を新たに書き直すことで、宙に浮いた財産を無効にさせ内容にできます。
例えば、「長男に相続させる」文面をあらため、「長女に相続させる」として関係する文章の一部(または遺言の全部)を作り直すのです。
ただ、書き直すにはそれだけ手間がかかります。
それから「高齢・病気ですぐに遺言書を用意できない」もしくは「痴呆の症状があって書き直しが難しくなる」などのことを事前に想定しておいた方が良いでしょう。そうした場合には、余分な費用がかかる可能性もあります。
今回述べたように、遺言書で予備的遺言を残しておくことは大切です。書き直しも良いですが、どうせ手間をかけるなら、はじめから予備的遺言を入れて作成することを検討してみてください。
そうすることで、どんな状況になっても「あなたの財産の行方をどうしたいか?」ということを、あなた自身で決めることができます。